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千葉地方裁判所 昭和57年(行ウ)18号 判決 1983年3月23日

原告(選定当事者) 宮川淑

被告 市川市長 市川市教育委員会

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  昭和五八年六月又は七月に行なわれる参議院比例代表選出議員の選挙に、被告らが市川市の公の施設の使用を許可することを差止める。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決

二  本案前の答弁

1  原告の請求をいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

三  本案に対する答弁

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、普通地方公共団体である千葉県市川市の住民である。

2  原告外二名は、昭和五七年八月二五日、地方自治法二四二条一項に基づき、市川市監査委員に対し、後記3ないし6と同旨の理由により、昭和五八年六月又は七月に確実に行なわれる比例代表選出制による参議院議員選挙に被告らの管理に係る市川市の公の施設の貸与を行なわないよう被告らに勧告することを求める住民監査請求をしたが、同監査委員は、昭和五七年一〇月二三日右監査請求を棄却し、その旨原告外二名に通知した。

原告は、右監査結果に以下の理由により不服であるので、本件訴訟に及んだ。

3  昭和五八年六月又は七月に比例代表選出制による参議院議員選挙が行なわれることは確実であるが、右選挙にあたつては、過去の国政選挙の実例から推して、被告市川市長高橋國雄(以下、「被告市長」という。)が管理権を掌握する市役所、市民会館及び被告市川市教育委員会(以下、「被告委員会」という。)が管理権を掌握する市立小学校・中学校、公民館等が投票所その他に使用されることもまた確実である。

ところで、市川市の公の施設は、次に述べる法規に基づき、施設の管理者がその使用を許可することによつて投票所、開票所として使用されることになる。

公職選挙法(以下、「公選法」と略称する。)三九条及び六三条によれば、投票所及び開票所は、市役所、町村役場又は市町村の選挙管理委員会の指定した場所に設けることとされているが(投票所につき同法三九条、開票所につき同法六三条)、市川市選挙管理委員会は、市民会館、市立学校、公民館等の公の施設の管理権を掌握していないため、市民会館については「市川市市民会館の設置及び管理に関する条例」五条一項に基づき、管理者である被告市長に対し使用許可申請をしてその許可を得、市立学校については「市立学校使用規則」三条に基づき、公民館については「市川市公民館の設置及び管理に関する条例」四条一項に基づき、いずれもその管理者である被告教育委員会に対し使用許可申請をしてその許可を得た場合に、初めてこれらの施設を使用することができるのである。右許可申請に対する許否は、本来被告市長及び同委員会の自由裁量行為であるが、「公益を害するおそれがあると認めるとき」(「市川市市民会館の設置及び管理に関する条例」五条一項一号)、「公の秩序、善良の風俗その他公益を害するおそれがあるとき」(「市立学校使用規則」三条一号)、「公の秩序又は善良の風俗を乱すおそれがあると認めるとき」(「市川市公民館の設置及び管理に関する条例」五条二項一号)は、管理権者である被告らはその使用を許可しない、或は許可してはならないとされている。

4  ところで、昭和五七年八月一八日衆議院で可決成立した公選法の一部改正(以下「改正公選法」という。)に基づく拘束名簿式比例代表制による参議院議員選挙は、以下に述べるとおり憲法の諸規定に違反する。

(一) 改正公選法八六条の二第一項は、比例代表選挙に名簿を提出できる政党等を、国会議員五名以上、直近の衆議院議員総選挙又は参議院議員通常選挙で四パーセント以上の得票率、参議院議員の立候補者を一〇人以上もつことの三要件のいずれかに該当しなければならないよう限定している。このように国民が一定の政党等の団体に所属するのでなければ立候補できないとすることは、団体に所属するか否かという社会的身分又は政治的理由によつて国民を差別し、平等であるべき国民固有の被選挙権、特に基本的人権として憲法上保障され、また、国際的にも確認されている立候補の自由を奪うものであつて、憲法一四条一項、四四条に違反する。

(二) 改正公選法は、政党等の団体に対する投票を強制するものであるから、選挙により公務員を選定する場合に個人たる公務員を国民が自由に選択する権利を保障した憲法一五条一項、三項に違反する。

(三) 改正公選法が一定の政党等の団体に所属する者でなければ立候補できないとすることは、無党派の地位にある国民の被選挙権を奪うとともに、結社しない者に対する国民の選挙権をも侵害し、ひいては国民に政治的結社を間接的に強制することとなるから、結社をしないことの自由をも保障した憲法二一条に違反する。

5  このように比例代表制による参議院議員選挙は、憲法に違反し、国民の諸権利の中で最も重要な政治参加の権利ともいうべき選挙権及び被選挙権を侵害するものであるから、かかる選挙のために市川市の公の施設を使用することは、その施設の使用不許可事由とされている「公益を害する」又は「公の秩序又は善良の風俗に反する」場合に該当するものというべきである。従つて、右選挙に市川市の公の施設を使用させることは許されるべきではない。普通地方公共団体の長及び教育委員には、憲法九九条により、公務員として憲法尊重擁護義務が課せられている。この義務には、自己の職務行為が憲法に違反しないかどうかの検討義務も内包されているから、憲法に違反する行事に公の施設を使用させれば、憲法違反の財産管理となる。

また、公の施設とは、地方自治法二四四条一項によれば、「地方公共団体が住民の福祉の向上を増進する目的をもつてその利用に供した施設」のことであり、その公共性は住民の人権実現の手段であるところに求められるべきであつて、憲法に違反した法律に基づく国の行事に無批判に貸与されてはならないのである。

6  被告らは、市川市選挙管理委員会が公選法三九条、六三条により市川市の公の施設につき被告ら管理権者の承諾を得ることなく、一方的に投票所、開票所を指定することができ、被告らはこれを拒むことができない旨主張する。しかし学校施設の確保に関する政令(昭和二四年二月一日政令第三四号。なお、右政令は、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く文部省関係諸命令の措置に関する法律((昭和二七年法律第八六号))一条により法律としての効力を有する。)三条一項によれば、学校施設を学校教育の目的外に使用することは原則として許されないが、<1>法律又は法律に基づく命令の規定に基づいて使用する場合(同条同項一号)、<2>管理者又は学校長の同意を得て使用する場合(同条同項二号)に限り、右目的外の使用をなし得ると定められているところ、一般に投票所、開票所を学校施設に設置する場合は、公選法三九条、六三条を根拠法令とする右<1>の目的外使用となるのではなく、右<2>の管理者又は学校長の同意を得て使用する場合に該り、かつ、右政令三条二項により管理者等が同意を与えるには学校教育法八五条に従わねばならないとの解釈のもとに運用されて現在に至つている。結局、公選法三九条及び六三条は、投票所及び開票所としてどこが適当かを捜す適地選定の権限を選挙管理委員会に委ねた規定にすぎないというべきである。このように、選挙管理委員会が公の施設を投票所、開票所として使用する場合、施設管理者の使用許可が必要であり、現に市川市のみならず他の地方自治体においても右の手続が履践され、その例外はない。

地方自治法一三八条の二は、地方公共団体の執行機関がその事務を「自らの判断と責任において、誠実に管理し及び執行する義務を負う」と定めているが、この定めに基づき、地方公共団体の執行機関は、その固有の事務であると機関委任事務であるとを問わず、その事務を執行するにつき、法令を自主的に解釈する権利と義務がある。被告らはこの自主的法令解釈権(義務)に基づき、使用許可申請の適否を判断し、その許容否を決することができるのである。

7  市川市監査委員は、前記2記載の監査結果において、<1>参議院の比例代表選出議員選挙と選挙区選出議員選挙が同日、同時刻に執行されるから、前者のみを公の施設以外の施設で分離して行なうことは事実上困難である、<2>改正公選法に基づく選挙であつても、有権者によつてはその有権者の意図する立候補者を当選させることもできるから、このような有権者の基本的権利を奪うことは妥当でない、<3>公の施設の貸与を拒否した場合政治的、社会的混乱を惹起することになる、と述べるが、<1>については、事務手続が繁雑となる可能性はあつても、両選挙を手続上分離できないわけではないし、<2>については、有権者は複数の候補者名を記した名簿届出政党等に投票するのであるから、必ずしも意中の者を当選させることはできない。また、<3>については、現段階で裁判所が被告らの公の施設の使用許可を差止めても、国政に是正不可能な混乱は生じない。昭和五八年夏までに開かれる国会で違憲の公選法を改正することは十分可能であるし、また、公の施設を使用しなければ絶対に選挙が実施できないわけではない。

8  以上の理由により、原告は、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、市川市の公の施設の使用許可を被告らが行なわないよう差止めを求めるものであるが、同号但書は、同号の差止請求は当該行為により普通地方公共団体に回復の困難な損害を生じるおそれがある場合に限るとしている。ここにいう損害とは、財産権上の具体的な損害のみに限らず、自治体の財務会計の管理、運営の公正の侵害という抽象的な損害をも含むと解すべきであるところ、地方公共団体の公の施設を違憲の行事に使用させれば、これによつて財産管理の公正性が失なわれるというべきであり、失なわれた公正性は事後に回復することができない。従つて、原告の請求は、地方自治法二四二条の二第一項一号但書の要件を充たすものである。

よつて、原告は、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3ないし5の主張は争う。同6のうち、従前の国政選挙、地方選挙において、被告らが管理する施設を投票所、開票所に使用する際には、市川市選挙管理委員会が、被告委員会からは書面で、被告市長からは口頭で、その使用許可を得ていることは認めるが、後述のように右手続は形式的、儀礼的なものにすぎない。同6のその余の主張及び同7、8の主張は争う。

三  被告らの主張

1  参議院比例代表選出議員の選挙は、中央選挙管理委員会が管理し、これが選挙事務について都道府県の選挙管理委員会を指揮監督し(公選法五条三項)、都道府県の選挙管理委員会は市町村の選挙管理委員会を指揮監督する(地方自治法一八六条二項)。この指揮監督とは選挙事務の執行についての監督であるから、市町村の選挙管理委員会は、公選法三九条、六三条に基づき、単に投票所、開票所候補地の選定のみならず、これらの指定をもなし得るものというべきである。本件の場合、公選法の右規定により市川市役所又は市川市選挙管理委員会の指定した場所に投票所、開票所が設置されることになるが、この投票所等の指定は右規定に基づく選挙管理委員会の一方的行為であつて、指定された公の施設の管理者である被告らの承諾を得ることなく、法律上当然に指定の効力を生じ、その指定された期間中、被告らは指定された公の施設の管理権の行使を停止され、市川市選挙管理委員会が管理権を行使することとなるのであるから、被告らは、その自由裁量により、管理する公の施設の使用を拒むことは許されない。

2  原告が請求原因3において指摘する市川市の条例及び被告委員会の規則の各規定は、いずれも被告らが学校施設、市民会館、公民館についての管理権を行使できることを前提とするものであるから、前記1記載のように選挙管理委員会が法律の規定に基づいてその管理権を行使してこれら施設を使用する場合に適用する余地がない。

3  原告は、請求原因6において、学校施設の確保に関する政令三条一項一号所定の「法律」には公選法三九条、六三条は含まれず、学校施設を投票所、開票所として使用する場合は、同条同項二号により施設管理者又は学校長の同意を得べきである旨主張する。しかし、右三条一項一号の「法律」から特に公選法三九条、六三条を除外する根拠はないし、原告主張のように同意が必要とすると、管理者又は学校長の故意過失による不同意によつて選挙を行なうにつき重大な支障を生ずることもあり得るから、原告の右主張は妥当ではない。原告主張のような行政上の運用は、おそらく法律の規定に基づくものとして強制的に学校施設を使用するよりも、管理者又は学校長の同意により使用することが望ましいとの行政的配慮によるものと思料されるが、これは法律上正当な解釈に基づくものではない。

4  原告主張のように、選挙管理委員会が選挙に関して公の施設を投票所、開票所として使用する場合、施設の管理者に使用許可を申請し、その許可を得るという手続が経られる場合が多いが、それは選挙管理委員会の指定した日時に他の使用予定が競合する場合など行政上収拾できない重大な支障が生ずるおそれもあるところから、かかる事態を防止し調整する目的でなされる儀礼的、形式的なものに過ぎない。しかし、そのことによつて、前記のような選挙管理委員会による投票所、開票所指定の法律的性質が左右されるものではない。

5  このように、市川市の施設につき、同市選挙管理委員会による投票所、開票所の指定があれば、被告らの施設について有する管理権の行使は法律上停止されるのであり、前記1記載のとおり参議院比例代表選出議員の選挙は中央選挙管理委員会が管理し、その選挙事務については都道府県選挙管理委員会を指揮監督し、都道府県選挙管理委員会は市町村の選挙管理委員会を指揮監督する関係にあるのであるから、仮に違憲の法律により選挙が行なわれ、そのため市川市の公の施設が使用されたとしても、違法選挙による責任を負担するのは中央選挙管理委員会であり、また、市川市選挙管理委員会を指揮監督する千葉県選挙管理委員会であつて、市川市には何ら損害を生じない。更に、被告らが本件訴訟に敗訴したとしても、施設の管理権を行使するのは前述のように市川市選挙管理委員会であるところ、本件判決の既判力はこれに及ばないから、原告は本訴請求の目的を達し得ないこととなる。

従つて、本件訴えにつき、被告らは被告適格を欠き、原告は訴えの利益を欠くものであるから、本件訴えは却下されるべきであり、仮に然らずとしても叙上の諸点からして原告の請求は棄却されるべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  先ず、被告の本案前の抗弁について判断する。

本訴は監査委員の監査結果に対する不服を理由とする地方自治法二四二条の二第一項一号所定の執行機関に対する差止め請求としての住民訴訟であるところ、同訴訟が適法であることの要件としては、同訴訟につき一般の訴訟要件が具備することのほか、同法二四二条による監査請求をした普通地方公共団体の住民により提起されたものであること、同条の二第二項に定める期間内に提起されたものであることをもつて足りると解すべきである。

本件において、請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、本訴が市川市監査委員が原告に対し監査結果を通知した昭和五七年一〇月二三日から起算して法定期間内である同年一一月四日提起されたことは、記録上明らかなところであるから、本訴を不適法なものということはできない。

被告の本案前の抗弁は、要するに、市川市選挙管理委員会が被告らに対し、公選法三九条、六三条に基づき、投票所、開票所の設置場所として、被告ら管理に係る公の施設を指定した場合には、被告らは右指定を拒むことができず、右設置期間中公の施設に対する被告らの管理権が停止されるとの主張を骨子とし、その前提のもとに展開されているのであるが、右のような市川市選挙管理委員会により投票所、開票所の設置場所として指定された公の施設に対する管理権の所在という問題は、本件差止請求の当否を判断するに、必要に応じ検討されるべきいわば実体的な問題であつて、既に述べた住民訴訟自体の適否とは係わりのないものというべきである。

以上のとおり、被告らの本案前の抗弁は理由がない。

二  本訴は前記のように、地方自治法二四二条の二第一項一号所定の執行機関に対する差止め請求であるが、同条同項但書によれば、右請求は、差止めの対象とされる当該行為(本件の場合は、被告らが昭和五八年六月又は七月に実施されることが予定されている参議院比例代表選出議員選挙に、被告ら管理に係る公の施設の使用を許可すること)により、普通地方公共団体(本件の場合は市川市)に回復困難な損害が生ずるおそれある場合に限るものとされているから、本件において、右の要件が備わつているかどうかについて検討する。

1  右にいう損害が普通地方公共団体が被る財産上の具体的損害(債務等の義務負担、他人の不当利得により生じた損失も含む。以下同じ。)を指すことは明らかであるが、原告は、右損害には普通地方公共団体の財務会計の管理、運営の公正の侵害という抽象的な損害をも包含するとして、改正公選法が憲法違反であることを前提とした上で、被告らがかかる違憲の法律に基づき施行される選挙に、その管理に係る公の施設の使用を許可するならば、被告らの財産管理の公正さが失なわれることになり、かように一旦失なわれた公正さは事後に回復することができないから、被告らの右許可により市川市に回復困難な損害が生ずる旨主張する。

しかし、住民訴訟は、普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は職員の違法な財務会計上の作為、不作為によつて、普通地方公共団体が被る各種の財産上の損害を防止し、又は被つたこれらの損害を回復するため、普通地方公共団体の財産の実質上の帰属主体ともいうべき、また、その損害による究極的被害者ともいうべき住民に対し、特に認められた制度であることに鑑みれば、例えば、過年度の会計帳簿類を廃棄するというような行為については、それが普通地方公共団体に発生した財産上の損害の陰蔽を疑わしめる余地がある限り、右廃棄により損害の具体的立証が困難となるから、その意味で、普通地方公共団体に回復困難な損害を生じさせるおそれがあるとして、その差止めは是認し得るとしても、原告主張のような財産上の具体的損害とは直接係わりのないものについては、具体性を欠き回復困難な損害には含まれないものというべきである。また、差止め請求の対象が普通地方公共団体の長らの違法な財務会計上の行為であり、従つて、程度の差はあるにせよ、その違法行為がなされることにより、普通地方公共団体には、常に、原告主張のような意味での抽象的、非財産的損害が生ずることは避け難いものであるにかかわらず、差止め請求につき、法が回復困難な損害の発生のおそれを要件としていることは、右にいう損害とは抽象的、非財産的なものを含まず、財産上のもののみを指すとの手掛りを与えるものということができるのである(因に、財産上の損害が発生しないからといつて、違法な財産管理が許されてよい道理はなく、例えば長が違法な財産管理をした場合は、住民として、地方自治法八一条以下の定めに従い、解職請求をすることによつてその責任を追及する法的手段が残されているのであり、また、次期選挙に違法行為を行なつた長が再び立候補したような場合には、当然選挙民の批判を受けることになるのである。以上に述べたことは、住民訴訟手続においては、普通地方公共団体に回復し難い財産上の損害を生ぜしめるおそれのない行為は、違法であつても差止め請求の対象とすることはできないというに過ぎないのである。)。

2  そこで、被告らが昭和五八年六月又は七月に実施が予定されている参議院比例代表選出議員選挙に、その管理に係る公の施設の使用を認めた場合、市川市に回復し難い財産上の損害が生ずるおそれがあるか否かについて考える。

地方財政法は九条本文において、地方公共団体又は地方公共団体の機関の事務に要する経費は全額地方公共団体の負担とする旨を定めながら、同法一〇条ないし同条の四において、その事務についての国と地方公共団体の利害の度合に応じて右原則にいくつかの例外を設け、その例外のひとつとして、同法一〇条の四第一号により、地方公共団体が国会議員の選挙に関する事務を行なつた場合、右事務が専ら国の利害に関係あるものであることから、地方公共団体はそれに要する経費を負担する義務がないものと定め、右経費は全額国が負担することとした。そして、国は、同法一七条により右経費(以下、「負担金」という。)を当該地方公共団体に対して支出しなければならないこと、同法一八条により右負担金の額は当該事務を行なうために「必要で且つ充分な金額」を基礎として算定すべきこと、同法一九条により負担金はこれを財源とする経費支出の時期に遅れないように支出することなどを義務づけられているのである。

これら諸規定に対応し、公選法二六三条は衆議院議員及び参議院議員の選挙に関する費用は国庫の負担とする旨を定め、その費用を例示的に列挙しているが、その中に「投票所、開票所、選挙会場及び選挙分会場に要する費用」(同条三号)、「第一六一条(公営施設使用の個人演説会)の規定による個人演説会のための施設(設備を含む。)に関する費用」(同条一〇号)が掲げられ、また、都道府県及び市区町村の選挙管理委員会が管理する国会議員の選挙等の執行について国が負担する経費の基準を定めることを目的として制定された「国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律」(昭和二五年五月一五日法律第一七九号)四条及び五条は、国が負担する投票所経費及び開票所経費につき、区、市、町村別に、投票区の選挙人数、投票日又は開票日の曜日に応じ(但し投票の当日に開票を行なう場合には曜日による区別はない。同法五条一項)、その基本額を定めたほか、投票日の翌日において投票箱を開票所に送致したなどの場合に事務に従事する者の超過勤務手当を定額で加算支給し、投票又は開票が冬期(一一月一日から三月三一日まで、但し北海道については四月三〇日まで)に行なわれる場合には定額の燃料費を加算支給し、投票所又は開票所が市役所、区役所又は町役場から一〇キロメートル以上離れた地に設けられた場合には、特に要する旅費及び通信費を加算支給する旨などを規定し、同法九条は、学校等の施設を使用して演説会を開催する場合における施設の公営に要する経費の基本額を区、市、町村別に、開催時(昼間又は夜間)に区分して定めるなど、国の負担費につき細目にわたつて規定し、同法一三条はこれらの経費のほか、国が負担すべき都道府県及び市区町村の選挙管理委員会において選挙事務に要する経費の額を、選挙人の数に応じ衆議院議員選挙及び参議院議員選挙に区分するなど細目にわたつて規定し、一八条は自治大臣はこれら諸規定によつて算出された経費で予算をもつて定められたものを都道府県に交付し、都道府県は市町村に対し必要な経費を交付する旨規定している。

かように、地方財政法一〇条の四第一号により国会議員の選挙に要する費用は全額国の負担とされ、これに関連する法規が右のように具体的、個別的に整備されている以上、被告らが仮にその管理に係る公の施設を昭和五八年六月又は七月に実施が予定されている参議院比例代表選出議員の選挙に使用することを許可したとしても、これによつて、市川市が回復し難い損害を被るものとは、到底認めることはできない。

三  前記二に述べたところによれば、地方自治法二四二条の二第一項一号の差止め請求である原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから、いずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞 魚住庸夫 佐藤明)

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